need to feed myself
2010年3月19日 エッセイ最近、結構病んでた。
笑ってても、あたしの中では自分に対する不信感と、不安感でいっぱいだった。
だいたいあたしはすごくcriticalで、いつも自分や物事を認めることができなかった。
白か黒かの世界を打破をするのは難しい。
そんなあたしが就活っていう岐路の中で、自分が何をしたいのか、どういう風に生きていきたいのか、心の声を聞くことは困難を極める。
自分の人生を振り返ると、いつも不安感に支配されてて、それが衝動っていうエネルギーになって、色んな行動をしていたにすぎないのじゃないかと思う。
ハワイに行ったのだって、ICUのために浪人したことだって、別にあたしが意思を貫くほど強かったわけではなく、常に死を意識してたから、どんなことでもできただけに違いない。
あたしの選択は、たとえばお腹がすいてるから食べものを必死で求めるがごとく、生きるために、不足してる「何か」を補うための必死の選択で、お腹はすいてないけど、デザートは何たべよう?みたいな余裕はない。
よりよく生きるために選択しているのではなく、生き抜くために、藁でもつかむ思いで選択してきた私。
今だって、私の心は「何か」を求めていて、それが強すぎて、私の独自の感覚かどうか、わからない。
本当は、早くその「何か」を満たしてあげたい。
そうして本来の自分を取り戻したい。
そうじゃないと選択なんてできない。
笑ってても、あたしの中では自分に対する不信感と、不安感でいっぱいだった。
だいたいあたしはすごくcriticalで、いつも自分や物事を認めることができなかった。
白か黒かの世界を打破をするのは難しい。
そんなあたしが就活っていう岐路の中で、自分が何をしたいのか、どういう風に生きていきたいのか、心の声を聞くことは困難を極める。
自分の人生を振り返ると、いつも不安感に支配されてて、それが衝動っていうエネルギーになって、色んな行動をしていたにすぎないのじゃないかと思う。
ハワイに行ったのだって、ICUのために浪人したことだって、別にあたしが意思を貫くほど強かったわけではなく、常に死を意識してたから、どんなことでもできただけに違いない。
あたしの選択は、たとえばお腹がすいてるから食べものを必死で求めるがごとく、生きるために、不足してる「何か」を補うための必死の選択で、お腹はすいてないけど、デザートは何たべよう?みたいな余裕はない。
よりよく生きるために選択しているのではなく、生き抜くために、藁でもつかむ思いで選択してきた私。
今だって、私の心は「何か」を求めていて、それが強すぎて、私の独自の感覚かどうか、わからない。
本当は、早くその「何か」を満たしてあげたい。
そうして本来の自分を取り戻したい。
そうじゃないと選択なんてできない。
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